電子音の波間で捕まえて

高校の頃から好きな男の子がいる。

 

 

その子はまあ、いわゆる陰キャというか、クラスメイトの中では表立って出たりしない方で、お喋りのひとつもしない日があったりするので友達もいるかいないか分からないような、そういうミステリアスな子だった。

 

でまあ、私もだいたい陰の軍団の一員で、表立って出たりしないものの、陰の軍団の中では上位の人間だったと思っているけど、だいたい彼と同じような人間だった。

 

いつ惚れたのかは分からない。ただはっきり覚えているのは、入学してから最初の自己紹介で彼が「好きなアーティストはYMOです」と言った時の事だけ。

それから彼のことが気になり始めた。

その日は一日中その事だけをずっと考えていた。

 

彼は全く喋らなかった。「おはよう」の一言すら誰かに発言しているのを見たことがないほどだった。彼はわかりやすいくらい人見知りでシャイだった。ジーパンのポケットに手をずっと入れて、クラスメイトをいつも少し離れた場所で見ていた。

 

うちは多少特殊な学校だった。山の上にあって、中学の頃不登校だったやつや引きこもりだったやつが揃って登校してくる。「自由の森高校」で調べれば情報が出てくると思う。そんな学校だったから、クラスメイトは全員気さくで波長の合うやつばかりだった。

それでも彼は違っていた。

一人で学校に来て、一人で勉強し、一人でカレーを食べ(いつも食堂でカレーを買っていた)、一人で帰っていく。

「孤高」の一言の似合う男だった。

 

私は人見知りをするタイプではなく、どちらかと言うと友達になりたいやつと友達になれるようなタイプだった。

 

しかし彼とは話せなかった。顔すら見れなかったのだ。

 

なぜなら(多少恥ずかしいハナシになるが)、彼に見つめられるとまず汗が止まらなくなり、顔は赤くなるわ脳の回転がストップするわ呂律は回らなくなるわそのせいで話題はクソつまらなくなるわでてんてこ舞いになってしまう訳だ。

彼は人の話を聞く時に相手の顔をじっと見るタイプの男だった。

キリッとした眉、クールな眼差し、真一文字に結んだ口、そんな凛々しい顔で見られれば、もう、心の奥底にしまっておいたはずの乙女心というものが否応なしに反応する。反応してしまうのだ。

 

しかし転機が訪れる。私の彼に対する反応を見、それでもなんの進展もないという状況にブチ切れた友人が機転を効かせてLINE交換までありつけてくれたのだ!

 

LINEを交換してからは関係が一転した。

クラスで行ったキャンプ中、夜中2人っきりで散歩をしたり...石野卓球のCDを貸したり...彼のことをストーカーだと勘違いしているブ女をどシバキ回したり...バレンタインにチョコを渡したり...そのお返しでフジロックのお土産を貰ったり...ちょっと大人でオシャレなテクノイベントに夜行ってライブを見たり...

 

そのデート中(この行為をデートと書くにはなんとなく照れと抵抗があるが)一言二言と言葉を交わす度に自らの生命が躍動している、地球はこんなにも大きく広く暖かいのだと感動した。

 

しかし時は流れて高校も卒業してしまい、彼は東京の大学、私は京都の大学へと行ってしまい(LINEでイベントに誘っていたのも私だったので)完全にこの恋は終わったと思った矢先、彼からのLINEが。

 

「大阪に用事があって、ホテルを京都に取ったので遊ぼう」

 

私は意味がわからなかった。大阪に用事があるなら大阪にホテルを取ればいいのではないか?なぜわざわざ京都へ?観光?観光か...

いや、認めたくなかった(認められなかった)のだと思う。私にわざわざ会いに来てくれるという事実を。

 

それも意味不明だが、乙女心と恋心とは複雑なもので、彼の事を独り占めしたいという気持ちがある反面、彼には彼の幸せを走って欲しいと思い、彼にこの気持ちを死ぬほど伝えたい反面、自分が傷つきたくなくて伝えられずにいるというのに勝手に気持ちは増えていくし、そんな膨大な気持ちは当然抑えられなくて結果的に自分をすり減らして(=傷ついている)いるし、愛されなくてもいいと思いながら常に心は彼の腕の中にいたいとか、そういう浮ついた事ばかり考えていて、全てを表に出した瞬間に過去も今も未来も崩れるのが嫌で嫌で仕方なくて...と長々と書いてきたが、とにかくこれ程まで言語化するのが難しい訳だ。

 

そして当日になり彼と(彼の父とも)会って夕食を取った。

大学生なんだから一人で京都くらい行かせろと思った。

 

大学生になった彼は少し背が伸びていた気がした。相変わらず男前で汗が止まらなかった。